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2010年10月

米の未臨界核実験

アメリカが核爆発を伴わない未臨界核実験を9月半ばに
実施していました。
広島を中心に、「怒りと失望」の声が上がりました。
当然です。せっかくオバマ政権となって、「核廃絶」に
向けて、より加速度が出るのではと期待もありました。

問題は、やはり我が国の政府の対応です。
「わが国として抗議や申し入れを行うことは考えていない」
「貯蔵している核兵器の安全性、信頼性を確保するために
行っていると承知している」と仙谷由人官房長官。

唯一の核被爆国として、もし本当に廃絶のために必要なら
「アメリカからの事前の説明」を受けて当然でしょう。
その程度の「抗議や申し入れ」は、一般の国民感情を考え
ると、政府の仕事としてはやるべき当然の抗議です。

もともと、自民党時代から日本政府はアメリカの核実験に
ついては、戦後は一度も抗議はしていないことが、数年前
に閣議決定しています。

一部とはいっても、被爆地の感情が、そのまま被爆国とし
ての国民の多くの感情となっていると考えます。
国民感情を理解できる政府の態度を期待します。

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自衛隊海外派遣、武器使用基準を議論へ

前原外相が、PKOなどに参加する自衛隊の武器使用基準の緩和や
海外派遣のあり方について関係省庁の副大臣レベルで協議機関を設
け、前向きに検討を進める考えを表明した。

どうも今回の検討は、実質的な派兵にしようということでしょうか?
派遣そのものですら、無理矢理な解釈でここまでやってきました。
自衛隊そのものの存在とて同じです。

これ以上の武器使用には反対ですし、「紛争地には派遣しない」は
大前提だったと記憶しています。そこからは「他の国の部隊が攻撃
された時」という、もしもはあり得ないはずです。

いま、世界の中で、日本の日本らしさを捨てるような行為は国の利
益になるとは思いませんし、人類の利益にもなりません。

ここ65年間、世界的にも稀な平和憲法のもと、軍隊も持たずにきま
した。当然のことながら自国の軍隊が他国の民を殺害することはあ
りませんでした。
だからこそ世界に向かって「平和を」と言えるのではないかと思います。
自国の利益を力で守るための軍隊を持ってはならないのです。

武器は身を守る道具ではありますが、人を殺すための道具でもあります。
自分に銃口が向けられれば、手元に武器があれば人は当然トリガーを引
いてしまいます。どちらが倒れるにしても地獄です。

自分には親兄弟がいますし、子どももいます。その身内の悲しみ。同じ
ように相手にも親兄弟はいます。その悲しみと憎しみの行き着く先は、
恨みによる紛争やテロの繰り返しです。

経済活動のためのバックボーンとしての「国際貢献」という陳腐な言葉
に惑わされる。そんな政治の風潮も変えなくてはなりません。

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人は間違うもの(地検特捜部検事の逮捕)

最高検が証拠隠滅容疑で大阪地検特捜部検事を逮捕しました。

これは単純な間違いではなく、つまり事故ではない意図的な犯罪
との判断で逮捕されたわけです。証拠隠滅、そして事件そのもの
の捏造です。社会全体が「えっ! まさか!」と驚きました。

あってはならないことですが、実際に起きました。人が人を裁く、
そこに間違いはないか?と考えると、やはり「人がやる」ことで
す。今回のように意図的な犯罪ではなくても、判断の間違いや、
思い込みからの冤罪は、おそらくはいくつも発生しているのでは
ないかと思われます。

まずは人が人を裁くことが、ましてや一般人が裁くことが本当に
良いことか。裁判員制度も、もう一度考え直してもらえないもの
か。職業として選んでもいない一般の人が……。

ましてや、死刑という制度も「人は間違うもの」を前提に考える
と、「100%冤罪ではない」とは、誰とて断言はできません。

1ヶ月ばかり前でしょうか。若者を集めて「死刑制度」をテーマ
に話し合う番組が深夜にありました。丁度チャンネルをひねって
見たとき、賛成の若者が発言していましたが、二人目の女性の発
言は、「被害者が受けたと同じ状況で同じ痛みを与えるべきだ」
ということで、恐くなってチャンネルを変えてしまいました。

「もし、自分が、しかも冤罪で死刑判決を受けたら」という発想
を持てないものかと考えます。社会全体がなにやら攻撃的になっ
ているようです。

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