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2011年4月

いまでも原発賛成は当事者意識の欠如では。

被災地のテレビ報道や被災時の新聞記事を読むたびに、無口になり涙ぐんで
しまい、援助金や衣類の援助程度しかできない自分を歯がゆくも思います。
両親を亡くした子どもたち。奥さんや子どもを亡くした市職員の
「苦しいけど負けないで!」の避難所の貼り紙。

そして原発近辺では、不明の家族を捜しに行くこともできずに、政府の
指示のまま移設される避難所を転々とされている方々。
地震、津波、原発事故と三重、四重苦の状態です。

ACなどの広告で「ひとりじゃないよ」「日本は一つ」と連帯意識を
喚起するものが多くなっていますが、こと原発の賛否では「一つ」に
なるにはほど遠く、原発のために避難所暮らしを強いられている方々に
とっては、心ない差別などで「疎外感」を感じる方も多いのではと思います。

今朝の朝日新聞のアンケートでは50%の方が賛成なのには驚きました。(反対は32%)
今回、「増やす方がよい」5%、「現状程度にとどめる」51%で、肯定が56%。
2007年の調査では66%の方が肯定でしたので、10%減ってはいるのですが。
福島で避難所暮らしを強いられている方々の感情を考えた場合、
今回の事故で賛成派壊滅では、と思っていましたので本当に驚いています。

少しばかり、怒りに似た感情さえも、フツフツ沸き出します。

原発賛成の方の意見を読むに、「原発に代わるエネルギーが無い」という
意見が多く、「反対派は代替えのモノがないのに無責任に反対している」など、
いままさに、パタリと止めるような近視眼的な意見の方が多いようです。

ドイツが、確か2000年にした原発廃止の決議も「2020年ころまでに」のはずで、
(昨年8、15年の先延ばしに決まりましたが、今回の事故をうけて、また方向転換するようです)
原発反対の方で、今日の明日という意見はありません。
気持ちの上では「今日にでも停止して欲しいと言う気持ち」はありますが、
エネルギー源やライフスタイルも含めて、日本人全体が「停止」を前提に
時間をかけて考えて行くべき問題です。

核兵器の問題では広島や長崎の方々、今回は福島で避難していらっしゃる方々の
「立場に立って」という思いやり、そして同じ日本人としての「当事者意識」が、
欠如しているようで、仕方ありません。ましてや、福島第一原発で発電した
電気は、避難を強いられている福島の方々ではなく、関東に住む我々が
使っていたモノだということを考えると、賛成と言うことは、あまりにも
身勝手な意見です。

コストの問題、事故が起こった場合の特異性、原発ジプシーと呼ばれる人たちの
輩出など、どれを取ってもいいことはありません。

1級プラント配管技能士として、原子力発電所の現場で働いていらっしゃった
平井憲夫さんのHPです。
「原発がどんなものか知ってほしい」
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html#about

ソフトバンクの孫正義社長の廃止論や「国民投票」に賛成します。

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震災と原発事故

今回のマグニチュード9.0という大地震とそれに伴う大津波は、
改めて予測不可能な自然の怖さを知らしめました。

地震や津波は自然災害で、原子力発電所の事故は人災?
などと言われることがあります。
かつて衆議院予算委員会公聴会(2005.2.23)で
神戸大学都市安全研究センター教授の石橋克彦氏が

「そもそも日本列島に居る限り、地震と共存する文化という
ものを確立しなければならない。つまり、従来は自然と対決
する文明で、それに対して最新技術でもってバックアップし
ようという考え方でしたけれども、自然の摂理に逆らわない
文明というものを我々は作っていかなければならないと思い
ます」

とおっしゃるように、自然を征服すべき対象ではなく、共存
するという考えで、我々のライフスタイルを作り直す必要が
あると思います。

ただ先日(3月25日深夜)の朝生でも今回の事故を契機に電
気を使わないライフスタイルをと、大塚耕平氏が提言しまし
たが、話が広がるかと思えば、原発はあるという前提で事故
の起こらない原発をと、目前の話に終わりました。

仮に今止めることを決めても、実際に廃炉にするのは20年、
30年後になります。今の便利さ、もっと考え直したいもの
です。

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